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第9段◆上にさぶらふ御猫は【前編】

  イヌは賢いというエピソード

必読宮廷サロン

一条天皇が飼っておられるネコは、五位の位をいただいて、命婦のおもと(みょうぶのおもと)と呼ばれ、非常にかわいらしい。一条天皇も撫でて慈しんでいらっしゃる。

そのネコが部屋の端で寝ていたので、ネコ専属の世話係の馬の命婦(むまのみょうぶ)が、
「まあ、みっともない! 奥にお入りなさい」
と呼んだけれど、ネコは日射しを浴びて寝たまま動かなかった。

少し驚かせてやろうと企んだ馬の命婦は、
「翁丸(おきなまろ)はどこ? 命婦のおもとに噛みついてやりなさい」
こう言ったものを、イヌの翁丸は冗談だと受け取らず、バカ者が走って向かって行く。ネコはおびえ惑って、御簾の中に逃げて行った。

昼寝するネコ
▲乳母の馬の命婦「あなまさなや、入り給へ」と呼ぶに、日のさし入りたるに眠りてゐたるを…

ちょうど朝食を召し上がる部屋に一条天皇がおられた時だったので、この様子を目にされて大変驚かれた。ネコを懐に入れて男たちを呼びつけ、蔵人(くろうど・秘書)の源忠隆(みなもとのただたか・長保2年(1000年)に蔵人に任ぜられた)となりたか(詳細不詳)が参上した。
「この翁丸を叩いて懲らしめ、犬島(京都市伏見区淀、罪を犯した犬の流刑地)に流してしまえ! 今すぐに!」
と一条天皇がおっしゃるので、皆集まってイヌを捕まえようと騒いでいる。

一条天皇は馬の命婦をも責め立て、
「世話係を交代させよう。任せてはおけない」
とおっしゃったので、馬の命婦は畏れ多くて姿を見せることすらできやしない。
イヌは捕まえられ、滝口の武士(たきぐちのぶし・警護役)に命じて追放させられたのだった。

ああ、なんてこと。のっしのっしと身体を揺すって堂々と歩いていたのに。三月三日に蔵人頭(くろうどのとう・秘書長官)が、翁丸の頭に柳の枝を飾って桃の花をかんざしのように挿し、桜の枝を腰に差して行進していた時には、まさかこんな目に遭うとは思いもしなかっただろうにと可哀想に思う。

白い犬
▲「この翁丸、打ち調じて犬島へつかはせ、ただ今」

「中宮定子さまのお食事の際には、お余りを頂戴しようと必ずやって来ていたのに、いなくなると寂しいものね」
などと言いつつ三~四日したお昼頃、イヌがやかましく吠える声がするので、一体どの犬がこんな長い間吠え続けているのかと思っていたら、御所のイヌたちが全て様子を見に駆け寄って行くではないか。

便所掃除係の女が走って来て、
「大変です。蔵人が二人がかりでイヌを虐待しているのです。死んでしまいますわ。流罪にしたイヌが戻って来たというので、こらしめているようです」
と言った。

心配になってしまう。翁丸じゃないかしら。
「忠隆、藤原実房(ふじわらのさねふさ・六位蔵人。平安末期の公卿であり歌人だった三条実房とは別人)たちが虐待しています」
と言うので、制止しに遣ったところ、そのうち鳴き声は止んだのだった。

雨でぬかるむ
▲心憂のことや、翁丸なり

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