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第3段◆正月一日は

  1月の宮中の風物詩をつらつら

日常

正月一日はまして空の様子もうららかに、一面霞み渡り、世のあらゆる人が衣装や化粧をすっかり整えて、主君をも自分をも新年を祝っているのは、格別趣がある。

七日は雪の間に育った若菜を摘む。普段は青々とした若菜を見慣れない宮中などの場所で、持て囃しているのはおもしろい。

白馬節会(あおうまのせちえ・天皇が白馬を見て一年の邪気を祓う儀式)を見物しようと、女性たちは牛車を綺麗に飾り立てて宮中へ出掛ける。侍賢門(たいけんもん・大内裏の東にある門)の敷居を牛車が通過するとき、車が揺れて乗り合わせている者同士の頭がぶつかり、頭に挿した櫛も落ち、うっかりすると折れたりもして、笑いあうのもまたおもしろい。

建春門(けんしゅんもん・内裏の東側の門)あたりに大勢立っている貴族たちが舎人(とねり・警備などの下級役人)の弓を受け取って、馬を驚かせて笑っている様子を牛車の中からそっと覗いてみると、衝立が見える。そこを主殿司(とのもづかさ・宮中の雑務担当)や女官たちが行き来している様子もおもしろい。

どれほどの幸運の持ち主が宮中で慣れたふうに振舞っているのかと思ってしまうけれども、見える範囲なんてものは宮中のほんのわずかな部分だけである。
舎人の顔の地肌も露わに見えて、地黒で白粉が塗れてない部分は雪がムラになって消え残ったような感じがして大変見苦しく、馬が跳ね上がって騒ぐのもとても怖く感じるので、自然と身体が車の中に引き籠ってしまって、よく見えない。

正月七日白馬御節会之図
▲白馬見にとて里人は車きよげにしたてて…

八日、出世した人が方々に礼を言うため走らせる車の音は、普段とは違ったうきうきした感じがしておもしろい。

十五日、粥の木(かゆのき・望 (もち)の日に食べる小豆粥を煮た時の燃えさしの木を削って作った杖。これで女性の腰を叩くと男子を出産するという言い伝えがある)を隠し持って、年配の女房(にょうぼう・女性の使用人)や若い女房たちが隙を窺っているところ、杖で叩かれまいと用心して常に背後を注意している様子も大変おもしろい。

さらにどうしたものか上手く隙を突いて叩き当てたときは、大層おかしくて笑いの渦が起こり、とっても晴れ晴れしい気持ちになる。叩かれた人が悔しく思うのももっともなことだ。

新たに家に通うようになった婿が出仕の身支度をしているときでさえ、待ち切れずに我こそはと隙を狙う女房が、覗き窺い、奥で隠れてじっと潜んでいる。前に居る女房がその姿に気づいて笑うのを、
「ああ、静かに!」
と手振りで制すけれども、姫君は気付きもせず、のほほんと座っている。
「これをお取りしましょう」
なんて言いながら寄って来て、走りながら姫君を叩いて逃げると、全員が大笑いするのだ。

婿はにっこりとほほ笑んで、姫君も特段驚いた振りも見せずに顔をほんのり赤くしている姿は、素敵な光景である。

また女房同士で叩き合ったり、男性を叩いたりもするようだ。戯れの遊びなのに本気になって泣いたり怒ったり、叩いた人を呪ったり、いまいましい言葉を吐く者もいるのがおもしろい。
宮中のような高貴な場でも、今日はやりたい放題なのだ。

隠れる女
▲所につけて我はと思ひたる女房の、のぞき、けしきばみ、奥の方にたたずまふを

除目(じもく・朝廷人事の任命式)のころなどは、宮中は格別に趣深い。雪が降り水が凍っている寒さなのに、異動願の申し文を持って歩きまわる四位・五位の身分で、若く元気な者は大変頼もしい。

年をとって白髪頭になった者が、取り次ぎを頼み、女房の部屋にやって来て、自分は才能ある人間だと必死で説いて聞かせている姿を、若い女房がそのモノマネをして笑っている。知らぬは本人ばかりなりだ。

「どうか帝に宜しくお伝えください。皇后陛下にもどうかどうか」
などと言ったところで、出世できればそれは結構な話だけれども、できなければ何とも気の毒なことである。

頼みこむ男、あざける女
▲おのが身のかしこきよしなど、心一つをやりて説き聞かするを、若き人々はまねをし、笑へど…

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