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第39段◆節は五月にしく月はなし

  平安宮中の端午の節句

日常宮廷サロン

節句は五月五日の端午の節句に及ぶ物はない。
ショウブやヨモギなどの香りがして、とってもステキ。内裏の御殿の屋根をはじめとして、取るに足らない民衆の家までも、
「是が非でも自分の家の屋根にたくさん葺きたい」
と、屋根一面にびっしりとショウブやヨモギを葺いてあるのは、圧巻の光景ね。他の節句でここまでのことはしないでしょう?

空は一面曇っているけれど、中宮定子さまのところには縫殿寮(ぬいどのりょう・宮中用衣服製造の監督部署)から御薬玉といって色々な糸を組んで垂らした特別の薬玉が献上されたので、御帳台(みちょうだい・天蓋付きのベッド・写真参照)を立てた部屋の柱に左右ぶら下げてある。
去年の九月九日の節句のときに、菊をみすぼらしい生絹の布に包んで献上したのを同じ柱に結びつけて半年以上飾ったままでいたので、この薬玉と取り替えて捨てるのだ。

この薬玉は次の菊の時季まで飾ったまま、のはずなんだけど、皆が糸を引き抜いて物を結わえたりするのに使ってしまうので、すぐに無くなってしまうの。

御帳台
▲御帳立てたる母屋の柱に左右に付けたり。

中宮定子さまに食事をさしあげて、若い人々はショウブの挿し櫛を頭に飾ったり、物忌みの意味でショウブの髪飾りをつけたりする。
唐衣(からぎぬ・十二単の一番上に着る丈の短い衣)や汗衫(かざみ・女児の上着)などにもステキな折枝を結びつけたり、根っこが長いショウブをところどころに濃淡をつけて染めた組み紐で結びつけたり。これらは別段珍しいものというわけじゃないけれど、やはり風情がある風習よね。

毎春にサクラが咲くからといって、サクラの花を「別段どうってことない」って思う人なんているかしら? それと同じようなことよ。

サクラ
▲さて春ごとに咲くとて、桜をよろしう思ふ人やはある。

外を歩き回っている子供たちが、身分に応じておめかしできたと満足している。飾り立てた袂をずっと見つめて、他の子の袂と見比べては、まんざらでもない気持ちでいたりして。
でもふざけた小舎人童(こどねりわらわ・蔵人所に属して雑事に使われた少年)に袂を引っ張られて、泣きだす姿も可笑しい。

紫の紙に栴檀の花を包んだり、青い紙にショウブの葉を細く巻いて結んだり、また白い紙をショウブの白い根っこで引き結びにした物も、風情たっぷり。
とっても長い根っこを入れた手紙を見る気持ちも、とても華やぐものね。

その手紙の返事を書こうと相談し合い、仲の良い者同士で手紙を見せ合ったりしているのもとても面白い。
名家の令嬢宛てであるとか、高貴な人のところへ手紙を送る人も、今日は特別な心構えで優雅なキモチになるものね。

夕暮れの時間、ホトトギスが名乗るように声高々に鳴いて飛んでいくのも、これまた全くステキ過ぎる!

夕暮れ
▲夕暮のほどに、郭公の名のりしてわたるもすべていみじき。

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