三月三日は、うららかのどかに陽が照らしている。桃の花がちょうど咲き始める。柳の風情は今更述べるまでもないけれど、まだ繭に籠ったふうに見える姿は一層すばらしい。葉が開ききってしまったものは、つまらない。
綺麗に咲いた桜の枝を長めに折って、大きな花瓶に挿したものは大変素敵だ。
桜襲ね(さくらがさね・表は白地で、裏は藍と紅色の重ね着)の直衣(のうし・皇族や貴族の平服)に出袿(いだしうちき・現代で言うところの、アウターからインナーの裾が見えている着こなし)姿で、客人でも兄弟の誰かれであっても、その花瓶のそばに座って何か話をしている光景はとても絵になる。
四月、葵祭(あおいまつり・御所を出発した行列が下鴨神社を経て、上賀茂神社へ向かう。賀茂祭)のころは本当にすばらしい。上達部(かんだちめ・三位以上の位階の貴族)や殿上人(てんじょうびと・四位や五位以上の貴族)も着ているものは、上着の色が濃いか薄いかという差しかなく、白地の衣装の重ね着は皆同じで、涼しげに見えて素敵だ。
樹木の葉はまださほど茂っておらず、若々しく青さが満ちていて、霞や霧も出ていない澄んだ空にはどことなく趣を感じる。
されど少し曇った夕方や夜などに、そっと遠くで空耳かと思われるくらいにたどたどしくホトトギスが鳴く声を聞きつけたときは、どれほどしみじみと心に沁み入るだろうか。言うまでもない。
祭の日が近くなって、青朽葉(あおくちば・写真参照)や二藍(ふたあい・写真参照)の反物を巻いて紙に少しだけ包んで、忙しそうに歩いて行き来している様子はおもしろい。
末濃(すそご・上を薄く裾を次第に濃くする染めかた)や斑濃(むらご・同じ色でところどころ濃淡にぼかす染めかた)の染物も、普段より趣があるように見える時季だ。
頭だけは洗って整えているのに、ほころびも裂けてしまって、ボロボロになりかけている服を着ている女の子もいるが、
「下駄に鼻緒をつけさせて。靴の裏打ち(靴の裏の補強)をさせて」
などと大騒ぎして、早く祭の日が来ないかとはしゃいで歩きまわっているのも可愛らしい。
そうやってふざけながら歩きまわっている子たちが正装すると、なんとも定者(じょうじゃ・大法会で香炉を持って前を行く役を務める僧侶)のお坊さんのようにしずしずと歩くのだ。
心配なのであろう、親とか叔母だとか姉だとかがその子に連れ立って、服装を整えて歩いてまわるのもおもしろい。
蔵人(くろうど・天皇の秘書的役人)になりたいと思っているが、すぐにはなれない人が、この日に蔵人が着るような黄緑色の上着を着用しているのは、そのまま脱がさずに着させてやりたいものだ。
ただ、綾織物でないのはよろしくないけれども。