「ケースバイケースで柔軟に対応し、凝り固まらず、何事でも対処することが良いと言いますよ」
と私は忠告がましく言ってみたけれど、頭の弁は、
「それが私の本心だし本性だから」
とだけおっしゃった上で更に、
「改めることができないのが人の心だと言うじゃないか」
とおっしゃるので、
「それじゃあ『改めることをためらってはいけない(※下記参照)』と論語に書いてあるのは、どういう意味なのですか」
と私が不思議がって尋ねたら、頭の弁は笑いながら、
「キミと仲が良いって、周りからも言われているんだよ。実際こうやって仲良く話したりしているのに、なぜ恥ずかしがるんだい? 直接顔を見せてくれよ」
とおっしゃる。
(※『論語』学而第一の「過則勿憚改」 ◆過ちを犯したら、躊躇しないですぐさま改めよ…が出典)
「私、ひどいブスだし、すんごいブスな女性は好きになれないとあなたがおっしゃっていたから、顔を見せるわけにはいきません」
と言うと、
「本当にそんなにブスならば、実際に顔を見てしまうとあなたを嫌いになってしまうかもね。それなら見ないようにしよう」
と言って、自然に顔が見える機会があっても、頭の弁は顔を袖で隠したりして私の顔を見なかったのよね。
だから本当にこの人って、まっすぐで正直な性格なんだなあと思っていたの 。
でもね、三月の末のことなんだけれど…
冬服のぶ厚い直衣(のうし・皇族や貴族の平服)だと暑くて着ていられなくて、薄手の上着だけの姿も殿上の間で夜勤警護する人たちの間には多く見られた頃の話ね。
早朝、太陽が出てくるまで式部のおもとという名の女房と一緒に小さな廂の間(ひさしのま・第8段の写真参照)で寝ていたら、突然奥の引き戸をお開けになられて、帝が中宮定子と共にお出ましに。
急なことで私ったら、起き上がることもできず慌てふためいちゃって、お二人は大笑いになられたのね。
私たちは唐衣(からぎぬ・十二単の一番上に着る丈の短い衣)をただ汗衫(かざみ・肌着)の上から引っ掛けただけの恰好だし、寝具やら何やらが埋もれ積み上ったようなみっともない状況の部屋なのに、帝がいらっしゃって北の陣を出入りする者たちを御覧になっておられるってワケ。
殿上人(てんじょうびと・四位や五位以上の貴族)の中には、部屋がまさかそんな状況になっているのだとは全く気付かずにやって来て、話しかけてくる人もいるんだけれど、帝は、
「私たちがここにいることを気付かれてはいけないよ」
とお笑いになっていたわ。
そしてお帰りになられたんだけど、帝ったら、
「二人とも、さあ一緒にいらっしゃい」
なんておっしゃるのよ。
「今、化粧中なので…!」
などと答えてさすがにお供はしなかったわ。
帝と中宮定子がお帰りになられたあと、私と式部のおもとは、
「やっぱりお二人ってステキよね」
なんて話をしていたのだけれど、南側の引き戸のそばにある几帳(きちょう・間仕切り)の腕木に引っかかって簾が少し開いていて、そこから何やら黒いものが見えたのよ。
橘則隆(たちばなののりたか・清少納言の夫であった橘則光の弟)がいるのだろうと思って、ちゃんと見もせずに、続けて何か他の事を話していたら、笑い顔がひょいっと出てきたので、それでもまだ則隆なのだろうと思いつつ実際に視線を遣ってみると、則隆ではない違う顔がそこにあったの。
驚き呆れて笑い騒いで、几帳を引き直して身を隠してからちゃんと見てみると、その顔は頭の弁の顔だったのよ!
顔は見せないつもりだったのに、見られてショック!
一緒にいた式部のおもとは私の方を向いていたので、彼女の顔までは見られなかったみたいだけど 。
頭の弁が出て来て、
「すっかり全部あなたの顔を見ちゃったよ」
とおっしゃるので、
「則隆だと勘違いして油断していました。顔を見ないとおっしゃっていたのに、どうしてしっかり全部見てしまったのですか?」
と言うと、
「人が『女は寝起きの顔がとても良い』なんて言ってたので、ある人の部屋に行って覗き見ていたのだけれど、あなたの顔も見られるかもしれないと思って、ここにも来たのだよ。
まだ帝がお出ましの時からずっとここにいたのに、気がつかなかったようだね」
と言って、それ以降は彼ったら私の部屋の簾をくぐって、平然と入室するようになっちゃった。