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第35段◆小白河といふ所は【中編】

  貴公子のナンパの話と思いきや

宮廷サロン日常悲哀

まだ説法の講師が到着していないので、お膳を用意させて、何が載っているのだろう、食事を摂るらしい。

藤原義懐(ふじわらのよしちか・藤原伊尹の五男)の中納言の姿ときたら、いつも以上にカッコいい。華やかな色合いに花が香るかのような着物を皆が着ているのに、彼ったら普通のありふれた帷子を、直衣一枚だけを着用しているかのように着こなしている。
ずっとしきりに女性が乗っている牛車のほうに視線を送っては、使いを送って何か話しかけている様子。カッコいい…って皆感じたはず。

そこへ後からやって来た牛車が駐車する隙間もなかったので、池の方に引き寄せて車を停めた。それを見た義懐は藤原実方に、
「有能なメッセンジャーを一人ここへ呼びなさい」
とおっしゃった。どんな人が選ばれたのか、実方が一人連れて来る。

画像引用:東京国立博物館(http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0032525)

懸盤
▲まだ講師ものぼらぬほど懸盤して、何にかあらむ物まゐるなるべし。

「なんて言葉をかけようか」
そばにいた人たちが言い合っていたけれど、結局どんなメッセージを託したのかは判らず仕舞い。メッセンジャーが気合充分に牛車へ歩み寄るのを見て、義懐が笑っているわ。
牛車の後ろの方に近寄って、彼はメッセージを伝えたらしい。けれども結構時間が掛かっていて、義懐が、
「先方は和歌でも詠むつもりなのか。実方よ、返歌を考えておけよ」
などと言って笑う。

早く返事を聞こうと、近くにいる人たちから年をとった上達部まで皆、牛車に注目していた。お偉方まで全員が揃いも揃って注視していたのだから、ユカイだよね。

返事を聞き遂げたのだろう、メッセンジャーが歩いて少し戻って来たものの、牛車の中から扇を差し出して彼を呼び返している。和歌の詠み間違いくらいで呼び戻すのも変だし、返事に結構な時間がかかったのだからそのままでいいじゃないって思うんだけれど。

扇
▲返事聞きたるにや、すこし歩み来るほどに扇をさし出でて呼びかへせば…

メッセンジャーの帰還を待ちかねて、
「どうだった? どうだった?」
と皆が問い質す。彼は何も答えない。使いを命じた義懐にまずは報告せねばと、義懐のもとへ行き、気取った声で申し上げた。

藤原道隆が、
「早く言いなさい。あまり風流ぶって、言いしくじるなよ」
とおっしゃり、メッセンジャーが、
「言いしくじるも同然のことを今から申し上げます」
と答えたのが聞こえてきた。

藤原為光(ふじわらのためみつ・藤原師輔の九男)が誰より熱心に覗き込んで、
「何と言っていたのか」
言っているので、道隆は、
「たいそうまっすぐな木を曲げようとして、折ってしまった感じかな」
とおっしゃり、為光が笑うのに釣られて皆で大笑い。笑い声はあの牛車にまで聞こえたんじゃないかしら。

義懐が、
「さて、呼び返された前の返事は何と言っていたのだ? これは訂正後のものだろう?」
と尋ねたところ、メッセンジャーは、
「長い時間立ったままで待っていましたが、何も返事をもらえなかったので、『では帰ります』と言って戻ろうとしたところで、呼び止められたのございます」
と答えた。

答えを待ちわびる男性
▲三位の中将「疾く言へ。あまり有心すぎてしそこなふな」とのたまふに…

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