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第23段◆清涼殿の丑寅のすみの【後編】

  私すごい!中宮定子素敵!という内容

日常宮廷サロン

中宮定子がおっしゃる。
「村上天皇(むらかみてんのう・一条天皇の祖父)の時代に、宣耀殿女御(せんようでんのにょうご・藤原芳子)という人がいらっしゃいました。彼女が藤原師尹(ふじわらのもろただ)の娘であることを知らない者はいません。

彼女がまだ姫君だったとき、父の師尹がお教えになったことは、
『第一に書道を学びなさい。第二に琴(きん)の琴を、他人よりも上手に演奏できるようにしなさい。そして古今和歌集20巻を全て暗記して学びなさい』ということでした。

これを帝は覚えておられて、物忌(災いを避けるために不浄を排除して家内に籠ること)の日に古今和歌集を手に女御の部屋に向かい、几帳(カーテン・間仕切り)を隔てられたので、女御は『いつもと何か違う…変ね』とお思いになられたの。
でも帝が女御の暗記力を試そうとしていることを察知して、面白い試験だと感じたけれども、和歌を間違って覚えていたり忘れていたりしたら大変だわと心配になったのね。

村上天皇
▲村上の御時に宣耀殿の女御と聞えけるは…(肖像は村上天皇)

帝は和歌の道に通じている女房を二・三人ほど召し寄せ、碁石を使って暗記間違いの数を数えさせようとなさいました。そうして女御に参加を強いるお姿はどれほど心華やぐ情景でしたでしょう。
そばでお仕えしていた人が羨ましいこと。

帝が強いて女御に回答を促せば、女御は利口ぶって和歌を下の句まで全部暗唱することはしませんでしたが、ひとつも間違えることはありませんでした。
帝はなんとかして少しでも間違いを言わせて勝負を終えようとされましたが、忌々しいと思われていらっしゃる間にも、歌集は十巻に達してしまったの。
『これ以上はもういい』とおっしゃって冊子にしおりを挟んで、お休みになられたのも素敵な光景だったでしょうね。

だいぶ長い時間が経ってから帝はお目覚めになられたのだけれど、やはりこの勝負をそのままにしてはおけない、明日になってしまうと女御が残り十巻の内容を別の冊子で確認してしまうかもしれない。
ということで、『今日中に決着をつけよう』と大殿油(おおとなぶら・写真参照)を持って来させて、夜更けまで問答を続けました。
けれども結局女御は負けなかったのね。

大殿油
▲大殿油まゐりて、夜更くるまでなむ読ませ給ひける

『帝が女御のところで、かくかくしかじかな事態になっています』などと、父の師尹に報告が行ったので、師尹はこれは大変なことだと思われて、僧侶にお経を読ませることなどをたくさんおさせになり、本人も御所に向かって上手く行きますようにと祈ってお過ごしになられたそうね。
これもまた素敵な話ですこと」

中宮定子の昔語りに帝も聞き入って感心しておられる。
「私は三~四巻だって読破できないよ」
と帝はおっしゃった。

「昔は身分が低い人たちでも、皆、風流を愉しんでいたものです。近頃ではこんな話を聞くこともはありませんね」
などと中宮定子に仕える女房や、帝に仕える女房でこちらに来ることを許された者たちがやって来て、口々に感想を言い合う光景は、本当に心の底から素晴らしいと思う。

誦経
▲いみじう思し騒ぎて、御誦経など数多せさせ給ひて…

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