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第83段◆かへる年の二月廿日よ日【前編】

  第82段の続編

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翌年の二月二十日を過ぎたころ、中宮定子が職の御曹司(しきのみぞうし・中宮職の庁舎。第49段の写真参照)にお出ましになった際、私はお供せずに梅壷(うめつぼ・天皇の后妃が暮らす建物のうちのひとつ。写真参照)に残ってたのよ。

翌日、頭の中将から手紙が来て、
「昨日の夜、鞍馬寺(くらまでら・京都市左京区)詣でに来たんだけれど、宮中に帰るには今夜は方角が悪いので、方違え(かたたがえ・目的地の方角の縁起が良くない際、前夜に別方角へ出向いて一泊してから目的地へ向かう手法)するつもり。
夜明け前にはそちらへ戻ります。言わなきゃいけないことがあるので。あまりドアをノックしなくても良いように心づもりして待っててよ」
ということみたい。

けれども、
「なぜ局に独りでお留守番を? こっちに来て寝なさいよ」
と、御匣殿(みくしげどの・藤原道隆の四女、中宮定子の妹)にお呼びが掛かったでそっちへ参上しちゃったのよ。

梅壷
▲宮の職へ出でさせたまひし御供にまゐらで、梅壼に残り居たりしまたの日…

たっぷり寝て、翌朝局に戻ってみれば、世話係の女が、
「昨夜、扉をガンガンとノックする音がしましたので、やっとこさ起き上がって応対してみたところ、『御匣殿に居るって? だったら彼女にこれこれ云々と伝えてくれないか』と、頭の中将がおっしゃったのです。
でも私、『こんな時間に起きてくれるハズはないわね』と思って、そのまま寝てしまいました」
と言う。

なんて気の利かない応対をしたものかと思って聞いていると、主殿司(とのもづかさ・宮中の雑務担当)が来て、
「頭の中将が言ってましたよ。『これから退出するけれど、伝えたいことがある』って」
と言ってきたので、
「しなきゃいけないことがあるので、御前に上がります。そこで話を聞きましょう」
と伝言を申し伝えて帰らせたわ。

寝ている女
▲よも起きさせ給はじとて、臥し侍りにきと語る。

普段居る局で応対すると、頭の中将が扉を開けて入室して来やしないかと、ヒヤヒヤドキドキするし煩わしいから、梅壷の東側の半蔀(はじとみ・第76段の写真参照)を上げて、
「こちらへどうぞ」
と言うと、彼は見るも麗しい姿で歩いて来られたの。

桜襲ね(さくらがさね・表は白地で、裏は藍と紅色の重ね着・第23段の写真参照)の綾織りの直衣(のうし・皇族や貴族の平服)が、とても華やか。裏地の艶ったら、なんともキレイで、葡萄染(えびぞめ・第30段の写真参照)の濃い指貫(さしぬき・袴)には藤の花の折枝の模様を見事に織り散らしている。
重ね着のインナーの紅色やら、キラキラ具合なども光り輝くほどね。さらに白色や薄色第36段の写真参照)のインナーを、たくさん重ね着していたわ。

狭い縁側に座って片足は下ろし、少し簾の近くに寄り沿う姿は、本当に絵になるし、物語にでも登場しそうなイケメンっぷりなのよ! ほんとこれ!

腰掛ける男性
▲狭き縁に片つ方は下ながら、少し簾のもと近う寄り居たまへるぞ、まことに絵に描き、物語のめでたきことに言ひたる…

庭に植えられた梅は、西側のは白梅、東側は紅梅で、少し花が散りかけているけれど、まだまだ見ごろ。なお情趣が残っており、うららかな日差しで、誰かに見せたくなる眺めだったわ。

御簾の内側に居るのが私なんかじゃなくって、こぼれかかるほどのキレイな黒髪の若い女房とかが会話のやりとりをしていたのなら、もうちょっとは見応えのあるカップルに見えたかもしれない。

でもほら、盛りがとっくに過ぎた私みたいな年増がさ、髪なんかもエクステだから自分の髪じゃない部分もあるし、ところどころほつれてボサボサ…
おまけに喪中ときたもんだから、色があるのかないのかビミョーな薄鈍(うすにび・写真参照)の上着に、色合いのない重ね着をしてるわけで。見映えゼロなのよ…
中宮定子がいらっしゃらないから裳(も・表着の上で腰に巻くもので後ろに裾を長く引く)も付けてないし、袿(うちぎ・ロングコートのようなアウター)の重ね着姿で座っていたので、もう雰囲気ぶち壊しで残念ったらなかったわ。

薄鈍
▲あるかなきかなる薄鈍…

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