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第77段◆まいて臨時の祭の調楽などは

  祭のときの宮廷のワンシーン

日常宮廷サロン

まして賀茂の臨時祭(11月に行われる賀茂神社の祭り。明治3年(1870年)に廃止された)のときに行われる舞楽の予行演習の際、細殿(ほそどの・廂の間を仕切った女房の部屋。この場合は西の廂の間。第8段の写真参照)はますますステキになる。

主殿寮(とのもりょう・宮中で雑務を担当する役所)の役人が長い松明(たいまつ)を高々と灯し、寒さで首をすくめながら歩いているので、松明の先が何かにぶち当たりそうになっている。

愉快そうに遊び、笛を吹きながら進む行列の姿に心惹かれていると、若君たちが正装で局の前に立ち止まり、女房たちと言葉を交わしたりするのね。
若君たちのお供が、主人のために先導の先払いの声を小声で短めに掛けている様子も、行列の笛の音に入り混じって普段よりも雰囲気があるように聞こえるの。

松明
▲主殿寮の官人の長き松を高くともして、頸はひき入れて行けば…

戸を開けたまま、行列が帰って来るのを待っていると、さっきの若君たちの声で、
「荒田に生ふる富草の花…」
(※「荒田に生ふる富草の花手に摘み入れて宮へ参らむ」  ◆荒れた田に生えている稲の花を摘んで、参内しよう)
と謡っているのが聞こえて来る。なんだか一段とイイ声ね。

中には、やたら生真面目な人なのか、局の前をさっさと通り過ぎてしまう者もいるわ。だから女房がそれを笑うと、別の若君が、
「ちょっと待って。『どうしてこの夜(世)を捨てるみたいに、そんなに急いで帰るんだ』と言うじゃないか」
と彼に声を掛けたりして。

すると気を悪くしたのか、倒れるほど前のめりになって、まるで人に追われていて捕まるもんかとばかりに足早に立ち去ろうとする人もいるのよねー。

足早に立ち去る
▲いかなるまめ人にかあらむ、すくすくしうさし歩みて出でぬるもあれば…

第78段◆職の御曹司におはします頃、木立などの

  賑わいの描写で中宮定子を称える

日常宮廷サロン

職御曹司(しきのみぞうし・中宮職の庁舎。第49段の写真参照)に中宮定子がいらっしゃったころの話。
ここは庭の木々も深い色に茂り、建物もなんだか天井が高くて、どうも親しみが湧かない造りなんだけれど、なんとなく悪くない感じ。

母屋には鬼が棲んでいると言われているので、そこは使わずに南側を増築し、南の廂の間に御帳(みちょう・写真参照)を設置して、そこに中宮定子がいらっしゃる。さらに南側の間は女房たちの居場所ね。

御帳
▲南の廂に御帳立てて、又廂に女房はさぶらふ。

近衛の御門(陽明門・写真参照)から左衛門の陣(建春門・写真参照)に向かわれる上達部(かんだちめ・三位以上の人)の先導の先払いの声は、殿上人(てんじょうびと・五位以上の人および六位の蔵人)の先払いの声に較べて長い。
だから私たちで勝手に「大前駆(おおさき)」「小前駆(こさき)」と名前を付けて、やいのやいの騒いじゃってる。

毎度毎度声を聞いているので、局の皆が声の主を聞き分けられるようになってしまった。
「誰々の声だ」
「彼の声ね」
なんて言っているところに、
「違うって」
と返せば、人を見に行かせて声の主を確認させたりなんかして、バッチリ言い当てた人が、
「ほらやっぱり~」
なんて言うのも面白いのよねー。

近衛の御門と左衛門の陣
▲近衛の御門より左衛門の陣にまゐりたまふ上達部の前駆ども…

月がまだ空に残る夜明け頃、女房たちが濃い霧が立ち込めた庭に下りて歩きまわっていると中宮定子はお聞きになり、起床された。
中宮の傍に控える女房たちが端近に出たり、庭に下りて遊んでいるうち、じわじわ夜も明けてくる。

「左衛門の陣(建春門)まで行ってみよう」
と言って出て行くと、私も私もと他の女房達までもついて来た。
すると殿上人が大勢で、
「…一声の秋」
(※「池冷水無三伏夏 松高風有一声秋」  ◆池の冷たい水には盛夏がない、高い松の木を吹く風に秋の声を聞く)
と吟じながら、こっちにやって来る様子。

私たちは慌てて逃げ戻り、そして到着した殿上人を何食わぬ顔で迎えて話をするの。
「朝の月を愛でていらっしゃったのですね」
なんて感心して、和歌を詠む殿上人もいたりして。

夜も昼も、中宮定子がいらっしゃるココには、殿上人が絶え間なくやって来る。上達部だって参内するときに急用がない場合は、必ず寄り道するんだから。

画像引用:Wikipedia/Saigen Jiro(http://ur0.pw/zbMz)

有明の月
▲有明のいみじう霧りわたりたる庭におりて…

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