とまあ、こっちが気恥ずかしくなるくらいに彼は喋ってくれたわ。
「そういうわけで、今、あなたの名前は草の庵に決定!」
とか言って立ち去ってしまったので、私が、
「最悪なニックネームが末代にまで残っちゃうじゃないの! そんなのイヤよ!」
と愚痴ってたら、橘則光(たちばなののりみつ・清少納言の離縁した夫。第84段にも登場)が、
「キミにたっぷりとお礼を言いたくてね。上の御局のほうにいるのかと思って、そっちへ伺ってた」
と話しかけて来た。
「なぜ? 人事異動があるなんて噂は聞いていないけれど、何かの役職にでも就いたの?」
と私が問えば、
「いやいや。超嬉しいことが昨夜あってね。早くキミに聞かせたくてじれったい思いをしながら、夜を明かしたんだよ。
こんな得意満面な気持ちになれたのは、生まれて初めてさ」
と言って、事のなりゆきを始めから全て、源宣方が喋った内容と同じことを話してくれたの。
「頭の中将が『ただこの手紙の返信次第では、今後の付き合いはやめてしまうしかないね。あんな女なんか存在しなかったと思うしかないな!』
とおっしゃったので、皆で出し得る限りのアイデアを絞って書いた手紙を持って行かせたんだけどさ。メッセンジャーが手ぶらで戻って来たから、結構ホッとしたんだよね。
その後、返事を持って戻って来たときは、
『どうしよう!どうしよう!』
と内心ドキドキで、
『返事が出来の悪い文面だったなら、兄(※注)である私も面子が立たなくなるなあ』
と思っていたんだ。
だけど平平凡凡な出来だったどころか、そこらの人が揃って褒めるんだよ。頭の中将が、
『おい兄貴、こっち来いよ。これ見てみなよ』
っておっしゃってくれたから、内心とっても嬉しかったよ。
(※注…橘則光と清少納言は離婚していたが、その後も兄と妹のような間柄だと周囲に認知されていた)
『和歌の方面には、疎い身の上ですので』
と私が申し上げたところ、頭の中将は、
『これについて意見を言えとか、聞いて理解しろって話をしてるんじゃないさ。単に清少納言に話して伝えてやるべきだと思うから、お前に聞かせるのだ』
とおっしゃった。それはちょっと兄としては情けない言われようだったがね。
そして清少納言からの返歌に対して上の句を付けようとしたけれど、
『上の句を付けようがない。わざわざ再度返歌をしないほうが得策なんじゃないか』
なんて相談しては、
『下手くそな返歌だなんて言われたら、却って悔しいぞ』
と夜中までやり合ってたよ。
今回の顛末は私にとってもキミにとっても、グッドニュースじゃない? これに較べたら人事異動で少々昇進することなんか、何とも思わないレベルの話だよ」
と語ってくれたので、マジ大人数で策略を練っていたことも知らない私がまんまと彼らの罠にハマって変な返歌をしていたら、忌々しい結果になっていたかもしれない…
そう思うと胸がつぶれる気持ち。
ちなみにこの「妹」だとか「兄」だとかいう呼び方は、一条天皇までもご存じでいらっしゃるので、殿上の間でも橘則光は官位で呼ばれずに「兄貴」って呼ばれてるの。
このあと、女房たちとおしゃべりしていたら、
「ちょっと」
と中宮定子に召し出されたので参上したところ、この件についてお話しになられるところだった。
「帝がこちらにおいでになって、話して聞かせてくれました。男たちはみんなあの返歌を扇に書き留めて、持ち歩いているのですって」
とおっしゃったので、私はもうびっくり。
どうして草の庵だなんて句を、あの瞬間ひらめいたのかしら。
その後は頭の中将も袖で顔を隠さなくなって、私への態度も思い直したみたいね。