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第83段◆かへる年の二月廿日よ日【後編】

  第82段の続編

必読宮廷サロン

頭の中将が、
「中宮職(ちゅうぐうしき・后妃に関わる事務などを扱う役所)に参上しますが、伝言することはあるかい? あなたはいつ参上するんだい?」
とおっしゃる。

「それにしても昨夜は、方違え先で朝まで過ごさず、『深夜とはいえ、前もって訪ねる旨を言ってあるのだし、私の来訪を待っているだろう』と思って、月が見事に明るく照らす中、西の京って場所から戻って来たんだが。
ドアをノックしてみたら、世話係の女がかろうじて寝ぼけまなこな様子で起きてくるわ、おまけに応対が無愛想だわでもうね」
と語ってはお笑いになるのね。

「無下にあしらわれて、ガックリしちゃったよ。どうしてあんな女を雇っているんだ」
とおっしゃる。
リアルにそうだったのだろうと思うと、彼がおかしくもあるし、可哀想でもあるわね。

しばらくしてから、彼は出て行った。その姿を外から見た人は、絵になるシーンを見て、部屋の中にどんな女性がいるのかと想像を膨らませたでしょうね。
逆に部屋の中の奥から見ていた人は、私の後ろ姿から察するに、外にそんなイケメンがいたとは全く思いもしないでしょうよ!

月夜
▲月のいみじう明きに、西の京といふ所より来るままに…

日が暮れて、私は中宮職に参上。中宮定子の御前には人が大勢いて、殿上人(てんじょうびと・五位以上の人および六位の蔵人)たちもいらっしゃって、物語の良し悪しやマズイ点などを批評・論争していたわ。
源凉(みなもとのすずし)や藤原仲忠(ふじわらのなかただ)などの「うつほ物語(平安時代中期に成立した日本最古の長編物語)」の登場人物に関して、優劣をああだこうだと、中宮定子に対して申し立てていたみたい。

ある女房が、
「まずこれはどう思う? 早く弁明してみて。樹の洞の中で育った藤原仲忠の不遇な幼少時代は、育ちの悪さという点でかなりの短所だと、中宮定子様もおっしゃっていますよ」
などと言うので、私は、
「そんなの全然どうってことないわ。源凉の琴の腕前は天人が舞い降りてくるほどの名手でもないし、全くつまらない人。そもそも藤原仲忠が帝の娘を頂戴したのに比べて、源凉はそれだって叶わなかったでしょ」
と反論してやったわ。

藤原仲忠派の女房たちは、援軍を得て、
「そうよそうよ!」
と意気が上がったけれど、そこで中宮定子が、
「そんなことよりも、昼に頭の中将が参上したときの姿をお前が見たら、どれほど熱を込めて彼を褒めそやすかなーと思ってたのよ」
とおっしゃられてね。女房たちも、
「ほんと、いつも以上にイケメンだったわぁ」
なんて言っているのよ。

うつほ物語写本
▲琴なども、天人の降るばかり弾きいで…

「なんといってもまずはそのことをお話ししたいと思って参上しましたのに、ついつい物語論争に紛れて忘れてしまいました」
と言って昼にあったことなどを話して聞かせると、女房に、
「誰もが彼の姿を拝見しましたけれど、あなたみたいに着物の縫い糸や針目までもチェックするほど凝視はしてないわよ」
だなんて笑われちゃった。

「西の京という場所は趣深いところでして、一緒に見る人がいれば尚のことよかったのにと思う。塀もみんな古くなっていて、苔も生えていて…」
と頭の中将が話したのを受けて、宰相の君(さいしょうのきみ・女房のひとり)が、
「瓦に松はありましたか(※「白氏文集巻四」。牆有衣兮瓦有松 ◆塀に衣あり、瓦に松あり)
と尋ね返したので、頭の中将はとても感心して、彼女が尋ねた箇所の続きの文言である「西の方、都門から離れてどれほど遠い土地なのか(※「白氏文集巻四」。西去部門幾多地 ◆都門を去れること西、いくばくの地ぞ)」を吟じていたことなどを、彼女たちがけたたましいくらいに言い合ってたのは、面白かったわ。

白氏文集巻四
▲瓦に松はありつや

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