夜明けごろに女の家から帰ろうとする男は、服装をピシッとしたり、烏帽子の緒や紐をしっかり結んだりしなくても良いと思うのよね。
ダラダラしまりのない、見苦しい姿で、直衣(のうし・皇族や貴族の平服)や狩衣(かりぎぬ・一般公家の日常着)が着崩れていても、早朝からそれを見て誰が笑ったり悪口を言ったりするものか、ってね。
男なら、夜明けごろ女の所から帰るときの振舞いこそ、ステキであってほしい。
眠くて堪らず、起きたくない様子の男が、女から強く急き立てられて、
「もう夜が明けてしまったわよ。日が高くなってから男が出て行ったなんて噂になったら世間体が悪いから、早く起きて」
なんて言われ、別れを男が嘆いている風情も、本気の愛情と憂いが垣間見える。
男は座ったまま、指貫(さしぬき・袴)なんかも履こうとせずに、とにかく女に近寄って、昨夜の口説き文句の続きを耳に囁いて、何をするというわけでもないけれど、気がついたらいつの間にか帯とかを結んでいる。
そして格子(こうし・第36段の写真参照)を押し上げて、妻戸(つまど・写真参照)がある所なら、そのまま女を玄関口まで連れ添って、逢えずに過ごさねばならない昼の間が気が気でないというような別れのセリフを残すの。
こうして滑るようにして家から出て行かれたならば、女だって男の後ろ姿をずっと見送っていたい気持ちになるし、その名残り惜しさったら半端ないでしょうよ!
これとは全く逆で、ハッと何か思い出したかのように、ササッと起き上がって、あちこち動き回っては、指貫の紐をガサガサと音を立てて結んで、直衣や袍(うえのきぬ・上着)や狩衣も袖をまくり上げて、腕をゴソゴソと差し入れ、帯をしっかり固く結んで跪き、烏帽子の緒を強くしっかり結び、ビシッと被り直す音を立てるような男ったら…
昨晩枕元に置いた扇や畳紙(たとうがみ・折り畳んで懐中に入れる紙。便箋やメモ用紙等に使う)などを探すけれど、自然にどこか散逸したようで、まだ暗い中では見つけることができず、
「どこだ、どこだ?」
と手探りで叩きながら、ようやく見つけた扇でパタパタ扇いで、畳紙を懐に入れて、
「ほんじゃ帰る」
とだけ言って帰る。こんな男もいるのよね…
橋は、あさむつの橋(福井県福井市)。長柄(ながら・大阪市北区)の橋。天彦の橋(あまびこ・場所は不詳)。
浜名の橋(静岡県湖西市)。ひとつ橋(宮城県多賀城市)。うたた寝の橋(場所は不詳)。佐野の船橋(群馬県高崎市)。堀江の橋(大阪市西区)。鵲の橋(かささぎ・牽牛と織女が逢う七夕の夜にカササギが翼を並べて天の川に渡すという想像上の橋)。山菅の橋(やますげ・栃木県日光市。写真参照)。小津の浮橋(場所は未詳)。
板をわずか一枚架けただけの棚橋。度量がなさそうな橋だけれど、名前を聞くだけでも面白いわね。
画像引用:一般社団法人日光市観光協会(http://www.nikko-kankou.org/image/)