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第84段◆里にまかでたるに【前編】

  清少納言が最初の夫と絶縁した理由

必読恋愛滑稽

里帰りしている時に、殿上人(てんじょうびと・五位以上の人および六位の蔵人)なんかが家を訪ねて来ると、大ニュースであるかのように人は噂し合うみたい。別にやましいことがあって里帰りしたんじゃないんだから、そんな噂話を立てられてもムカつきはしないわ。
それに夜だろうが昼だろうがしょっちゅう訪ねて来る人に対して、「今は家にいません」なんて言って居留守を使って、相手に恥をかかせて帰らせるような真似はできないでしょ。
超仲良しってほどでもないレベルの人でも、頻繁に訪ねて来たりするからねー。

客が多いとあまりにも煩わしいので、今回の里帰りは具体的な居場所を人には言わず、源経房(みなもとのつねふさ)の中将と、源済政(みなもとのなりまさ)などのごく親しい人だけが私の居場所を知っていたってワケ。

招かざる客
▲誠に睦ましうなどあらぬも、さこそは来めれ。

それで、橘則光(たちばなののりみつ・清少納言の最初の夫。離婚後も兄妹のような付き合いをしていた)が私の里下がり先にやって来て、おしゃべりなんかをしていたときなんだれど…

「昨日、頭の中将の藤原斉信(ふじわらのただのぶ・第82段第83段で登場)がいらっしゃって、『妹同然の付き合いをしている人の居場所を、お前が知らないはずがない。白状しろ』と、詰問してきてね。
『全然知らない』って返したんだが、意地でも言わせようとするんだよ」
って話すの。

問い詰める男
▲妹のあらむ所、さりとも知らぬやうあらじ。言へといみじう問ひ給ひしに…

「事実を黙り、知らないふりをして抵抗するのは、キツかった。すんでのところで笑っちゃいそうになったけれど、源経房がしれーっとした顔で座っていて、彼を見るともう俺、吹き出す寸前でさ。
だからもう、食膳の上にあったワカメを取って、むしゃむしゃ食べまくって場をごまかしたのよ。

でも『食事どきでもないのに変なモノを食ってるぞ…』って人に思われてしまった。
しかし、おかげでキミの居場所を言わずに済んだんだ。もし笑っちゃったら、俺の努力が水の泡だったからね。

『ホントに知らないらしい』と頭の中将が思ったらしく、俺の演技力もまずまずだなと嬉しかったりして」
なーんて言うもんだから、
「絶対言っちゃダメだからね!!」
と念押しして、それからしばらく日が経ったころ…

ワカメ
▲台盤の上に和布のありしを取りて、ただ食ひに食ひまぎらはししかば…

ド深夜に門をガンガンと強く叩く音がしたので、なにゆえにこんな広くもない家の門を強く叩くんだと思って、人を遣って見に行かせたら、滝口の武士(宮中の警護にあたった武士)が来ていた。

「橘則光さまからです」
と言って、手紙を持参していたの。
家の皆は寝てしまっていたので、灯りを点けて手紙を読んでみたんだけど、
「明日は法会の最終日なので、頭の中将が宮中の物忌(ものいみ・陰陽道の風習で凶日に外出を慎み、家に籠ること)で籠っておられるんだが…
『妹の居場所を教えろ、さあ教えろ』
と責め立てられて、困ってしまった。もう隠し通せない。キミの居場所を教えても良いかい? どうしよう? キミの言う通りにするから」

とか書いてある。
私、返事を書かずに、ワカメをちょいとばかり紙に包んで、持たせてやったのよ。

封筒を手渡す
▲返事は書かで、和布を一寸ばかり紙に包みてやりつ。

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