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第88段◆めでたきもの

  とどのつまり六位の蔵人が大好き

ものづくし宮廷サロン

ステキなもの。

中国から渡来したカラフルな絹織物。
儀礼用の飾り太刀。
仏像の寄木細工。
深い色合いで房が長く咲いた藤の花が、松の木の枝に懸かっているようすも素晴らしい。

それから六位の蔵人(くろうど・天皇の秘書的役人)ね。
身分の高い貴族の若君たちでさえなかなか着ることを許されない綾織物を好きなだけ着ることができるし、またその黄緑色の衣装がカッコいいのよ!
彼らは元来は蔵人所の雑色(くろうどどころのぞうしき・蔵人が属する役所で雑用をこなす役人)だったり、普通の家の子だったりするの。貴族に仕える侍として四位や五位の人の陰で控えているもんだから、パッとしなかったんだけど、一旦、蔵人にさえなってしまえば、そりゃもう何とも言えないくらいに輝いちゃうのよね。

宣旨(せんじ・天皇の言葉を書いた文書)なんかを運んだり、大饗(だいきょう・大臣の邸宅で行う大きな宴会)の際に宮中から贈られる甘栗を運ぶ使者として参上したときには、大層もてなされて、まるで高貴な人と対峙するかのように扱われる。一体どこからやってきた天界の人なのかしらって思っちゃうほどよ!

たわわなフジの花
▲色あひ深く花房長く咲きたる藤の花…

娘が皇后でいらっしゃる大臣の邸宅や、まだ入内前で姫君などと申し上げている娘がいらっしゃる大臣の邸宅に、帝のお手紙を届けに蔵人が参上するじゃない?
そのお手紙を御簾(みす・間仕切りのカーテン)の内側に差し入れる様子をはじめとして、蔵人に座布団を差し出す女房の服の袖口なんかを見ていると、明けても暮れても年中見知っていた人に対してのモノだとは思えないほどの厚遇ぶり。

これが下襲(したがさね・アウターとインナーの間に着るトップス)の裾を長く引いた恰好で警護に従事している蔵人だったら、ワンランク上のカッコよさよねー。
屋敷の主人が自ら、蔵人に杯を差し出すのよ? 杯を受ける彼らの気持ちってどんなものなのかしら。
とっても畏まって地面の上に座っている身分が高い貴公子たちに対しても、気持ちの上では畏まっているけれど、同じように堂々と連れだって歩いてるわ。

お酒をお酌
▲御手づから盃などさしたまへば…

帝がお側近くに蔵人をお召しになっているのを見ると、ジェラシー感じちゃう!
そうは言うものの、帝に近しくお仕えする三年か四年もの間を、制服である黄緑色の衣装を着用していないときは、粗末なセンスのない色合いの服装で過ごしてしまいがちなのが、なんだかなあ…という気持ちになる。

それに除目(じもく・人事異動)の時期になって任期満了が近づくにつれ、帝のお側を離れなければならなくなることは、命に換えるほどのツライできごとのはずなのに、とっとと臨時の受領(ずりょう・地方諸国の長官。いわば県知事 )の任官希望を申請しちゃうんだから、全くどないもならんわ!
昔の蔵人だったら、前の年の春か夏あたりから、お側を去りたくないって泣いてたものよ。でも今のご時世の蔵人は、次の役職を得ようと競争してるありさまなのよねえ。

異動願いの申告
▲臨時の所々の御賜はり申して下るるこそ、言ふかひなくおぼゆれ。

博士になる才能がある者は、素晴らしいとわざわざ言いたてるのも馬鹿らしいほどにステキなことよ。
ブサイクで身分が低くても、高貴な人々の前までお近づきになれるし、学術的な質問をいただいて先生として仕える任務って、羨ましいし、立派。神仏への願文や、上奏文、詩歌の序文なんかを作って褒められるのも、ステキねー。
僧侶でなおかつ学才がある者が天晴れな存在ってのは、もはや改めて言うまでもないわね。

皇后のお昼のおでかけも素晴らしい。
摂政や関白の外出もそうよ。
春日大社への参詣。
葡萄染(えびぞめ・第30段の写真参照)の織物。
全部なんでもかんでも紫色のものはステキだ。花も糸も紙もね!
庭に雪が厚く降り積もった風景。
摂政と関白。
あ、紫色の花だと、カキツバタはちょっと気に入らないかなー。
六位の蔵人が宿直するときの恰好が趣深いのも、紫色だからなのよ。

カキツバタ
▲紫の花の中には杜若ぞ、すこしにくき。

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