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第90段◆宮の五節いださせ給ふに【前編】

  さりげに和歌自慢する清少納言

滑稽宮廷サロン

中宮定子が五節の舞姫(ごせちのまいひめ・大嘗祭や新嘗祭で行われる舞いで踊るために選ばれた4~5人の女性)のために、世話をする女房を12人も拠出したの。
よそでは女御や春宮の妃をお世話する人をこういう場に拠出するのはいかがなものかって思っているらしいけれど、中宮定子は何をお考えなのか彼女に仕えている女房を10人出されたわ。あとの2人は、女院と淑景舎(しげいしゃ・御所の後宮の七殿五舎のうちのひとつで桐壷とも呼ばれる)の女房で、彼女らは姉妹なのよ。

辰の日の夜、中宮定子は青摺の唐衣(あおずりのからぎぬ・白布を粉張りにし、山藍で文様を青くすりつけた丈の短い衣)と汗衫(かざみ・肌着)を皆にお着せになられたの。

このことは女房にさえ予め知らせず、御殿にいる他の人たちに対してはますますひた隠しにして行われたのよ。他の面々が皆着替えを終えて、辺りが日暮れて暗くなった頃合いを見計らって、衣装を運び込んで着替えさせたりして。

五節の舞姫
▲宮の五節出ださせ給ふに…

青摺の唐衣は、赤い紐がキュートに結び下げてある、とてもツヤツヤした白い衣で、通常は版木で摺る模様がわざわざ手描きで描いてある逸品なのよ。
織物の唐衣の上にコレを重ね着するのは本当に珍しい着こなしだし、なかでも汗衫を着ている童女たちはいっそう優雅な感じ。

下仕えする女までもコレを着て居並んでいるので、殿上人(てんじょうびと・五位以上の人および六位の蔵人)や上達部(かんだちめ・三位以上の人)は驚いて面白がるし、
「小忌(おみ・大嘗祭や新嘗祭のときに神事に奉仕するために特に厳しく心身を清めること)の女房」だなんてあだ名まで付けられてたわ。
ホンモノの小忌の若君たちは、外に座って女房たちとおしゃべり中。

青摺の唐衣
▲赤紐をかしう結び下げて、いみじうやうしたる白き衣…

「五節の舞姫の控え室を日も暮れないうちから全部取り壊して、中まで丸見えにしちゃって、みっともない恰好を晒してしまうのは、ダメダメ過ぎる。夜までしっかりキチッとしてないとね」
と中宮定子がおっしゃったので、皆バタバタと追い立てられることもなく、几帳(きちょう・布を垂らしたパーティション)の隙間を結び合わせつつ、部屋の外側に衣装の袖口をこぼれ出して座ってたときのこと――

小兵衛という女房が着ていた衣装の赤い紐の結び目が解けたようで、
「これを結び直したいんだけどー」
と言ったところ、藤原実方(ふじわらのさねかた・清少納言の恋人だったとも言われている人物)の中将が彼女のもとに寄って来て、紐を結び直してあげてたんだけれど、これってなんだかただならぬ雰囲気!?

「あしひきの山井の水はこほれるを いかなる紐の解くるなるらむ」
(山の泉の水は凍るほど寒いのに、氷が溶けずにどんなヒモが解けたんでしょうね?)

実方はこう詠みかけたものの、小兵衛はまだ世慣れぬ年が若い女房だし、人目がある場所だったから、言葉を返し辛かったのかも。返歌なんてできやしない。

画像引用:綺陽装束研究所様(http://www.kariginu.jp/sokuinorei.htm)、時代や様(https://ameblo.jp/jidaiya-kyoto/entry-12258688996.html)

次回更新へつづく

赤い毛糸
▲赤紐の解けたるを「これ結ばばや」と言へば…

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