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第56段◆殿上の名対面こそ

  痛いことばかりする憎めない男

滑稽宮廷サロン

殿上(てんじょう・清涼殿にある殿上人の控えの部屋。写真参照)で行われる夜勤交代の際の点呼は、やっぱり面白いわあ。
点呼係である蔵人(くろうど・天皇の秘書的役人)が帝のすぐ前にいる時は、殿上に戻らずにその場で点呼を取るのも面白い。

点呼が終わって大勢の退出者の足音がしてくるのを、弘徽殿(こきでん・清涼殿の北隣にある中宮の部屋)の東側で耳を澄まして聞いているのだけれど、点呼の時に気になっていた男性の名前が呼ばれると、なんだかドキッとしちゃう。

それになかなか連絡を寄越さない恋人の名前なんかをこの時に聞いたなら、どんな気分になるものかしら。
「名乗り方がカッコいい」「ダメね」「よく聞こえないわ」
なんて女房たちが批評するのも面白い。

殿上
▲殿上の名対面こそ、なほをかしけれ。

殿上人たちの点呼が終わったらしいとか聞いているうちに、滝口(たきぐち・内裏の警備)の者たちが弓の弦を鳴らし、靴音を立ててガヤガヤと出てくる。
蔵人が大きな足音でフローリングを踏み鳴らし、北東側の隅の高欄(こうらん・手すり)の所でヒザを床につけて腰を伸ばした姿勢で、帝がいらっしゃる方角に向かって、滝口には背を向けながら、
「誰それは居るか?」
と尋ねている様子もなんかイイ。

名前を呼ばれた滝口は声高に、あるいは細い声で名乗る。
また滝口の数が規定通りに揃ってない場合は点呼を受けられない旨を申し上げるのだけれど、蔵人が、
「どうしてか」
と理由を聞くと、滝口がその理由を申し立てるの。

蔵人はそれを聞いてから退出するのが通例。
でもね、蔵人の源方弘(みなもとのまさひろ・当時22歳の若者だった)がそれをしなかったので、ほかの公達たちが、
「こういうときはこうするものなのだ」
と教えたところ、逆ギレして滝口たちを叱り飛ばし、責め咎めたので、滝口たちにすら笑われてたわ。

逆ギレする男
▲方弘聞かずとて君たちの教へ給ひければ、いみじう腹立ち叱りて勘へてまた滝口にさへ笑はる。

ほかにも源方弘ったら、あろうことか台所の食器棚に靴を入れてしまい、これは誰の靴なんだと騒動になったことも。
主殿司(とのもづかさ・宮中の雑務担当)や他の人は彼をかばって、
「誰の靴かしら。知らないわ」
と言ってくれたのに、
「ありゃ? これは俺の汚い靴だ」
と自ら白状して、却って大騒ぎになってしまったのよねえ。

靴
▲「やや、方弘が汚き物ぞ」とて、いとど騒がる。

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