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第87段◆職の御曹司におはします頃、西の廂にて【その4】

  賭けに勝ったのはどっち?

日常宮廷サロン

中宮定子はまだ眠っておられたので、御帳台(みちょうだい・天蓋付きのベッド・第39段の写真参照)の前方にある格子(こうし・第36段の写真参照)を、碁盤(ごばん)とかを持って来て上に載り、一人でよいしょよいしょと持ち上げる。めちゃ重いのこれが。
格子の片側を持ち上げるしかないから、格子がきしむ音で中宮定子がお目覚めになったわ。

「何をしてるの?」
と尋ねられたので、
「斎院から手紙が届きました。早々にお見せしたい気持ちがはやりまして。急いで格子を上げずにはいられないのです」
と返事をしたら、
「まったく早い時間から手紙が届いたこと」
と言って、起床されたのね。

手紙を開封してみると、五寸(約15cm)くらいの卯槌(うづち・正月の始めの卯の日に邪気や穢れを祓うために用いられた道具・写真参照)ふたつを、卯杖(うづえ・写真参照)のように頭の所を紙に包み、ヤブコウジやヒカゲノカズラ、ヤブランで美麗に飾り付けてたのが入ってたんだけれど、肝心の手紙本体がないのよ。

卯槌と卯杖
▲卯槌二つを、卯杖のさまに…

ないワケないじゃないと、よくよく見てみると、卯槌の頭を包んでいる紙に和歌が書いてあるじゃない!

山とよむ斧の響きを尋ぬれば 祝ひの杖の音にぞありける
(山から聞こえてくる斧の響く音を尋ねてみたら、おめでたい卯杖を作るための木を切る音だった)

返信をしたためになる中宮定子のお姿も、とってもステキ。斎院に対しては、こちら側から手紙を送るときも返信の時も、殊更気持ちを込め、書き直しを何度もして、心を砕いていらっしゃる。
お遣いには白い織物の単衣(ひとえ・裏地のない和服)と蘇芳(すおう)色の裏地の、いわゆる梅の合わせ色目(写真参照)を与えたみたい。
貰った衣装を肩に掛けて、降り積もった雪の上を立ち去る姿もなかなか見ごたえアリ。
このとき中宮定子がどんな返歌を書いたのかを知ることができなかったことは心残りねー。

「白と蘇芳」の梅の合わせ色目
▲白き織物の単衣、蘇枋なるは梅なめりかし。

さてさてその雪山は本物の北陸の白山さながらの佇まいで、溶けて消える気配もなさげ。黒く汚れちゃって、見映えしない姿になってしまっているものの、賭けの勝ちはもらったわ!って気分よ。
何とか十五日まで持たせたいわと祈るけれど、
「七日を越すのは無理ねえ」
なんて言われちゃうし、なんとかしてこの雪山の最後を見届けたいと皆思っていたの。

でも急に中宮定子が三日に内裏に参内することになっちゃって、ハイパーがっかり。この雪山の終わりを見ることができず残念だったと、心底思うわ。
他の女房も、
「本当にどうなるのか気になるわねえ」
なんて言ってるし、中宮定子も同じお気持ちのようだけれど。どうせなら私が賭けに勝った証拠をその目で見ていただこうと思っていたのに、もうどうしようもない。

15日に赤丸をつけたカレンダー
▲いかで十五日待ちつけさせむと念ずる。

参内のために中宮定子の道具を運んで、慌ただしくしていたときに、築地塀のところに廂を掛けた小屋に住んでいる庭師を縁側に呼び寄せ、
「この雪山を厳重に守って、子供に踏み荒らされたり、壊されたりしないよう、よくよく気をつけて十五日まで持たせてちょうだい。その日まで雪山が残ってたなら、すんごいご褒美もらえるはずなのよ。私からもお礼をするわ」
なんて言いつけちゃった。

いつも台盤所(だいばんどころ・女房の詰め所)の女房や下男たちに物をくれと乞うては嫌がられているのに、今回に限っては果物やら何やらを、わんさか恵んであげたので、庭師はニコニコ。
「お安いご用です。バッチリ守り抜きますよ。子供が雪山に登るかもしれませんが」
と言うので、
「それをさせないのがあんたの仕事でしょ! 言うことを聞かない子供がいたら、報告しなさい」
などなどと命じたのよ。

中宮定子が内裏に参内し、七日までは私もお供をして、実家に戻ったんだけど、その間も雪山のゆくえが気になるから、宮仕えの女官やら下級の女官、雑用の女なんかを絶えず見張りに行かせたわ。
七日の節句のお下がりまでもお駄賃にあげたので、庭師が拝んで感謝してたらしくて、笑うわー。

画像引用:着物の手織りを次世代へ繋ぐプロジェクト『衣の織』 事務局(http://inoori.jp/nonoaya/info_ws_shiga/uduchi_ws/)、妙見工房日記(http://blog.livedoor.jp/morizgogo/archives/50802046.html)

了解!のポーズをとる男性
▲いと易きこと。たしかに守り侍らむ。

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