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第87段◆職の御曹司におはします頃、西の廂にて【その5】

  賭けに勝ったのはどっち?

日常宮廷サロン

実家に里帰りしている時も、夜が明ける度にまず何はさておき雪山の様子を人に見に行かせたわ。
十日頃、
「あと五日くらいは溶けずに残っているでしょう」
と見に行かせた人が言うので、私はニンマリ。
昼でも夜でも人を行かせて状況を報告させていたんだけれど、十四日の夜に雨がざあざあ降っちゃって、溶けちゃうううう! って不安に駆られる。あと一日か二日だったのにー! どうにかならないの!? と夜も起きて嘆いているので、周囲で聞いている人も私のことをちょっとオカシイって笑ってたほどよ…

夜の雨
▲また昼も夜もやるに、十四日夜さり雨いみじう降れば…

人が出て行く気配がするので、ずっと夜通し起きていた私は下働きの者を起こそうとしたの。でも全然起きないもんだから、かなりイライラ。ようやく起き出してきたので見に行かせたところ、
「円座(えんざ・丸い座布団)くらいの大きさの雪が残っています。庭師が必死で雪山を警備していて、子供も寄せ付けていません。庭師の話では『明日か明後日までは雪山は残っているでしょう。褒美をいただきたい』とのことです」
と報告があったので、テンション上がる~!

早く明日にならないかしら。和歌を詠んで、雪が残っていたという証拠に残雪を容器に入れて、中宮定子に差し出そう。ああ、落ち着かないったらありゃしないわ。心せかされてやりきれないのよ。

バンザイして喜ぶ
▲いみじううれしくて、いつしか明日にならば歌詠みて物に入れてまゐらせむと思ふ。

まだ暗いうちから起き出して、折櫃(おりびつ・ヒノキの薄板を折り曲げて作った小箱)なんかを持たせ、
「これに白い雪を入れて持って帰りなさい。汚れたところは掻いて捨ててね」
と命じて行かせたところ、びっくりするくらい早く戻って来たの。持たせた容器を手に提げて、
「雪はとっくになくなっていました」
と報告するもんだから、もうがっかり。

趣向を凝らして詠んで世間の語り草にしてしまおうと思ってアイデアを捻り出して出来上がった私の傑作和歌も、全部ご破算よ!

「なんでこうなるの!? 昨日まであれだけ雪、あったじゃない! 夜のうちに消えちゃうなんて!」
ションボリ肩を落とすと、
「庭師が言うには『昨日、真っ暗になるまではまだ雪があったんです。ご褒美をいただけるものだと思ってましたのに…』だそうで、手を叩いて騒いでいました」
とまあ、ああだこうだと言い合ってたところへ、内裏からお手紙が届いちゃった。

がっかりして絶望
▲はやく失せ侍りにけりと言ふに、いとあさましく…

「さて、雪は今日まで残っていましたか?」
とお手紙には書かれていて、めちゃめちゃ悔しくて残念だったけれど、
「『年内、ましてや一月一日まで雪が残ることはあるはずがない』と人々がおっしゃっていましたけれど、昨日の夕暮れまで残っていたので、我ながら立派なもんだと思います。今日まで残るというのは、さすがにちょっと欲を盛り過ぎましたね。
夜のうちに、私の事を憎んだ誰かが雪を取って捨てたんじゃないかしらと推理していますと、中宮定子にお伝えください」
と返信をしたわ。

二十日に宮中へ参内した時も、まず最初にこの件を申し上げちゃった。
釈迦が修行していたとき、帝釈天が現れて教理の前半を説いた際に、後半を聞きたいがために、自らの身を投げ捨てて帝釈天に与えたという逸話があるじゃない?
「身は投げ捨てた」と言って、中身からっぽで蓋だけを持って来た僧侶がいたように、使いの者が速攻で雪を入れる容器を持って帰って来たもんだから、がっかりしたとか、容器の蓋に小さい山を作って、白い紙に和歌を見事に書いて参上しようと思っていたのに~とか申し上げたら、中宮定子爆笑よ。控えていた女房たちも笑ってたわ。

ルーペを覗きこんで推理
▲夜のほどに、人のにくみて取り捨てて侍るにやとなむ推しはかりはべる

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