さてさて後日の話。橘則光がやって来て、
「あの晩は頭の中将に責め立てられて、あちこちデタラメな場所を歩きまわったんだぜ。俺の事を本気で責めるものだから、めっちゃツラかった。
それにしても、どうして先日は返事をくれずに、意味不明なワカメの切れっ端なんかを寄越して来たんだい?
プレゼントにしてはワケが判らな過ぎる。人様にそんなモノを包んで贈るか、フツー? 何かと間違えたのかい?」
なんて言う。
私の意図が全然伝わってなかったのかと思うと憎たらしくなって、
「かづきするあまの住家をそことだに ゆめ言ふなとやめをくはせけむ」
(※海女が海の底に潜っているかのように潜んでいる私の居場所を、『そこ(底)に居るぞ』と人に言わないで欲しかったので、ワカメを食べさせようとしたんでしょーが)
と書いて差し出したら、
「和歌? そんなの絶対見ないから」
と、持っていた扇で紙を扇ぎ飛ばして逃げ帰っちゃった。
まあこうやって語り合ったり、お互いに世話を焼いたりしているうちに、これといった理由もなく仲が疎遠になっていった時期があって、彼が手紙を寄越してきたのよ。
「具合が悪いことが起きても、かつては夫婦だったことを忘れないでくれ。離れてたって、兄妹の間柄くらいに思っていてもらいたいんだ」
って。
いつも彼は、
「俺の事を思うのなら、和歌を詠んで寄越すな。和歌を寄越すヤツは皆、俺の敵だ。今日かぎりで絶交だと思った時には、和歌を詠んで寄越すと良い」
って言っていたのよねー。
だからその手紙の返事に、
「崩れ夜妹背の山のなかなれば さらに吉野の河とだに見じ」
(※妹の山と兄の山が山崩れになったかのように、壊れてしまった妹と兄の仲なので、山の間を流れる吉野川も土砂に埋まって見えなくなってしまう・妹背山は奈良県吉野町にある妹山 (260m) と背山 (272m) の総称)
と詠んで送ったんだけど、本当に中身を見なかったのかしら。返事も来なかったわ。
その後、彼は出世して遠江介(とおとうみのすけ・静岡県西部の副知事的役職)に就任して現地へ行ってしまったので、喧嘩したままで終わってしまったんだけどね。