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第82段◆頭の中将のすずろなるそら言を【中編】

  清少納言お得意の自慢話

必読宮廷サロン

「蘭省花時錦帳下」
(※「白氏文集巻十七」。蘭省花時錦帳下、廬山雨夜草庵中  ◆あなたたちは花の盛りの季節に、美しい錦のとばりの下で楽しく過ごしているが、 私は雨降る夜に、粗末な庵で寂しく過ごしている)

手紙には漢詩の一節が書いてあって、
「この詩にふさわしい下の句は?」
と記してある。
さて、どう返事するべきかしら。中宮定子がいらっしゃれば、お見せして思案もできるけれど、
「私がこの漢詩くらい知らないわけないでしょ!」
って顔で、へたっぴな漢字を書き散らすのも、それはそれでみっともないじゃない?
ああでもないこうでもないと考えてる間にも、返事を催促するので、囲炉裏にあった消し炭で紙の端に、

「草の庵を誰か尋ねむ」
(※出典は当時の名歌人・藤原公任(きんとう)による「大納言公任集」。いかなるをりにか「草のいほりをたれかたづねむ」とのたまひければ、いる人たかただ「九重の花の宮こをおきながら」  ◆いつだったか「粗末な庵を訪ねる者など居ようか?」と下の句をおっしゃったので、藤原挙直(たかただ)は「花の都である宮中をさしおいて」と上の句を返した)

と書きつけてメッセンジャーに手渡したけれど、結局、先方からの返信は来なかった。

草の庵
▲草の庵を誰か尋ねむ

皆寝てしまって、次の日は早朝から自室に下がっていたんだけど、そこへ中将の源宣方(みなもとののぶかた)の声がする。
「ここに草の庵という人はいますか~?」
と大袈裟な言い方をしたので、
「変なの。どうしてそんな貧乏ったらしい名前の人がここにいると思うのよ。豪邸住まいの人をお探しでしたら、お答えできますけどねっ!」
と言ってやったわ!

「あ~よかった。ここにいたんですね。上の御局(うえのみつぼね・中宮や女御の控えの部屋)に探しに行くところだったんです」
と言って、彼は昨夜のいきさつを話してくれた。

「頭の中将の宿直の詰所に、ひとかどの人物であれば誰も彼も六位の者までもが集まりまして。いろんな人の噂を、昔話から今に至るまで喋りまくってたのですが、その流れで頭の中将が語ったんですよ。
『やっぱり彼女と絶交したとはいえ、さすがにこのままにしておくのはイヤだな。もしかしたら彼女のほうから何か言ってくるんじゃ?と待っていても、全然気にもしてない感じでさ。態度がつれないから忌々しいったらありゃしない。今夜こそ、仲直りか絶交かケリをつけてやる!』
ってね。

宮殿
▲玉の台と求め給はましかば、答えてまし…

それで、皆で相談して書いた手紙を、メッセンジャーに持って行かせたのです。ところが、
『受け取ってもすぐに見る必要もないでしょうって、手紙を持って奥に入ってしまいました』
とメッセンジャーが報告してきたので、再度行かせて、
『いっそ手を掴んで身動きできないようにして、土下座してでも返事をもらってくるか、もらえないのなら、手紙を返してもらえ』
と戒めたりなんかして。

それで大雨が降る中、行かせてみたけど、すぐに戻って来まして。
『これです』
とメッセンジャーが差し出したのが、先ほど出した例の手紙だったので、返してきたのかと思って中を見た瞬間、頭の中将が叫び声を上げたのです。

『どうした!?』
『何があったんだ?』
と皆が寄ってきて見てみれば、頭の中将は、
『藤原公任の下の句を盗んで書き返すとは、なんて大胆な大泥棒だろう!
やっぱり簡単には彼女を諦められそうにないや』
と言って、手紙を見ては騒いでましたよ。

『彼女が書いた歌に上の句をつけて返そうじゃないか。源宣方よ、お前が付けてみな』
とおっしゃって、それでも夜が更けるまで上の句を付けられず、結局諦めてしまったことは、今後も絶対に語り継ぐべきエピソードだなんて皆で言い合って終わってしまいました」

泥棒
▲いみじき盗人を。

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